パワハラ110番

異動になるまで

そのあと、山崎さんと三河さんの間でどんなやりとりがあったのかはわからない。
実際に三河さんに注意したのかどうかさえも私は知らない。
数ヶ月後の面接ではなんだか山崎さんの態度が冷ややかだった。少なくとも私にはそう思えた。その時の面接だか、それとも更に後かはよく覚えていないが、「俺は柳田さんの言うことは信用しないようにしている」と言われた。実際には全然別の件で私に不信感を持っていたのかもしれないが、この時の私はてっきり山崎さんは三河さんにうまく言いくるめられたのではないか、三河さんが保身の為に嘘をついたのではないか、私が悪者(嘘つき)にされたのではないかと思っていた。
その後も三河さんとは意志の疎通をはかることはできなかった。どうやら私がずっとTさんのことを目の敵にしていると思っているようだった。それで、ある日「お話したい事があります」と切り出した。
「Tさんが正社員になる際、いろいろ面白くない感情があったのは事実です。でも今は仕事面では協力をしていますし、普通に雑談もします。三河さんが考えているような険悪な関係ではありません。朝の通勤時にも、天候が悪い日は(車を所有していない私が)歩いているのを見つけると車に乗せてくれます。本当に仲が悪かったらそんなことあるわけないでしょう!」
三河さんは何やらほっとしたような顔つきで「なんだそうか。」と言った。
「そういえばTさんの車の助手席に乗ってるところ、俺も何度か見てたな。てっきり俺、柳田さんがずっとTさんのこと、目の敵にしてるもんだと思ってたよ。すまんなあ。」
これで一件落着かと思いきや、後日もう一悶着(二悶着というべきか)起きることになる。
一言でいうとある人(正社員)から意地悪(?)をされた。
仕事中に話しかけても無視された。その先にも後にもそんなことはほとんどなかった。なぜその頃無視されたのかはよくわからない。(後日、他の正社員と折り合いが悪く苛立っていたので、つい他の人にも無愛想な態度をとってしまったのだと本人の口から聞いた)
当時、封緘作業が自動化されたが、マシンの調子はあまり良いとは言えず、不良が多発した。時間内に処理が追いつかないほどだった。(というより、その人に作業時間内には無視されたあげく、ロット終了間際になって「そんな処理の仕方は駄目」と後出しジャンケンのような意地悪をくらった。製造記録も不備なままだったが、残業せずに帰ってよいことになった。翌日早く出勤して片付けようと思った。
翌朝、普段より30分も早く出勤したのだが、その人は私より更に早く出勤して製造記録の仕上げに着手していた。私には手出しさせてくれなかった。
その日、三河さんから、今後はその人の指示をよく聞いて作業するようにと注意された。
どうやら私が不良品の処理も記録の記入も中途半端にして適当に仕事を切り上げて帰宅したと思っているらしかった。
彼女の方が絶対私より弁が立つと思ったので、言い訳はしなかった。
他にも嫌なことが続いた。
ダイバーシティの研修後、感想を書いたら担当者から書き直すように言われた。
特に会社の趣旨に反することは書いたつもりはないので納得いかなかった。ここはどこの北朝鮮だよ!と思った。こんな言論統制か思想教育みたいなことは嫌だと思った。
別の上司の面接を受けたら開口一番「柳田さんは上司の言うことを聞かないとか…」と言われた。
もう限界だと思った。一つ一つは些細なことかも知れないが、プライベートでも問題を抱えていたこともあって、耐え切れなくなって会社を辞めたいと言ってしまった。
だが、結局土壇場で翻してしまった。(年齢のこともあって再就職できるか不安になり、この会社に残ることを選択した。)その後、私は製造2課に異動となった。

 

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