パワハラ110番

パワハラの定義と判断基準を学ぶA

日本ヘルス工業事件
判決日 平成19年11月12日 大阪地裁
当事者 国(処分庁:奈良労働基準監督署長)

  • 「できが悪い」
  • 「何をやらしてもアカン」
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    判決

    社長他ほか多数の役員、社員が出席していた研修会の場で、上記のような無能発言をされたことがきっかけで被害者が自殺したケースです。被害者は複数の職務を兼務していたために時間外労働は月当50時間を超えており、自殺の2週間ほどまえにはうつ病を発生していました。
    上司は、東京本部長。生駒浄水場所長の任務に加えて、奈良サービスセンター長を兼務していた被害者とは、結婚の仲人をするほど親しい仲だったようです。しかし、業務についての相談に対して「お前はオレの言うことを聞いとったら良い」などと、まともに取り合わなかったり、「逃げてどうするんや」と厳しく叱責したりしていました。揚げ句の果てに、研修会の場で「できが悪い」、「奥さんからも内緒で電話があり『主人の相談にのって欲しい』と頼まれた」などとプライベートな情報まで口外。見かねた社長がスピーチを止めさせたという経緯もあり、客観的に見ても明らかにパワハラ発言であったことが伺えます。
    裁判では、「酔余の激励とはいえ、公表されることを望まないようなプライベートな事情を社長以下、役員や多数のサービスセンター長の面前で暴露するものである以上、本人は『無能呼ばわり』されたと受け取ることもやむを得ないような不適切な発言をしたものというべきである」と判断されました。また、本部長が被害者の仲人を務めたこと、業務上も上司として信頼していたことなどを挙げ、「上記の如き発言をされることの心理的ショックは極めて大きかったと解される。本部長の発言は、職場において日常的に見受けられる職場のストレスと一線を画すものとはいえ、言われた者にとってはにわかに忘れることの困難な、かつ明らかなストレス要因となる発言であり、社会通念上、精神障害を発症ないし増悪させる程度に過重な心理的負荷を有するものと解される」とされています。
    結果としては、業務と死亡要因となった精神疾患との間に相当の因果関係が存在することが認められ、遺族補償給付、葬祭料不支給処分を取り消すという判決が下されました。

     


     

    前田道路事件
    判決日 平成20年7月1日 松山地裁
    平成21年4月23日 松山高裁
    当事者 会社

  • 「会社を辞めれば済むと思っているかもしれないが、辞めても楽にならない」
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    判決

    これまでご紹介してきたケースとは異なり、被害者に対する上司らの厳しい叱責は正当な業務の範囲内にあると判断されたケースです。
    東予営業所所長となった被害者が、受給高・出来高などの営業所成績データについて架空の数値を報告するという不正を繰り返していたことから、四国支店工務部長は他の職員が見て明らかに落ち込むまで厳しい指導・叱責を繰り返し、業績検討会でも上記のように発言しました。架空出来高約1800万円について、会計年度の終わりまでに解消するように求めていましたが、現実的には到底、達成が不可能な数字であり、被害者はうつ病を発症して自殺してしまったのです。
    一審では、「不正経理是正のためとはいえ、叱責は職業上の業務命令の限界を超えた過剰なノルマ達成の強要、あるいは執拗な叱責であり、違法なものである」として会社の安全配慮義務違反が認められました。結果として、被害者の妻に対して5,226,923円、被害者の子どもに対して26,023,923円を支払うよう会社側に請求しました。
    ところが、続く第2審では、「被害者に対する上司らの厳しい叱責などの改善指導は、正当な業務の範囲内にある」、「社会通念上許容される業務上の指導の範囲を超えるものと評価することはできない」として、原告の請求を棄却したのです。
    このように、被害者側にも明らかな非がある場合には、パワハラとは認めてもらえない場合もあります。パワハラ行為なのかどうかを問う上で、「客観性」が非常に重要なポイントであることがよく分かる事例ではないでしょうか。