1-2 パワハラが生まれた経緯
今では、「この言葉を知らない人はいないのでは?」と思われるほどメジャーになったパワハラですが、言葉自体が生み出されたのは2001年と、ごく最近のことです。しかも、一見、「アメリカかヨーロッパから広がった言葉だろう」と思われがちですが、実は日本が発祥なのです。
パワーハラスメント(Power Harassment)という単語の産みの親は、メンタルヘルスの研修と相談を行う(株)クオレ・シー・キューブの代表取締役・岡田康子氏です。もともとクオレ・シー・キューブではセクシャル・ハラスメント(セクハラ)の研修をメインで開催していましたが、その中で岡田氏は、職場で大変な辛い思いをしているのは女性に限ったことではなく男性社員もまた深刻な悩みを抱えているのだと気づいたのだそうです。
例えば、「男のくせに弱音を吐くな!」と無理難題を押しつけられたり、連日連夜飲みに付きあわされたり、「給料泥棒!」と罵られたり、「お前なんてオレの裁量でどうにでもできるんだぞ」と脅されたり…。ひどい場合には、胸ぐらを掴まれたり殴る・蹴るなどの暴行を受けたりしているケースもあるといいます。このマニュアルを手に取ったということは、みなさんもこうした被害に心当たりがあるのでしょう。これら、一種の「いじめ」とも捉えられる行為により、「上司の顔を見ると身体が震える」、「会社に行こうとすると胃腸の調子が悪くなる」、「会社のことを考えると眠れない」等、心身に様々な不調を抱えている人も珍しくありません。
「これは単なるいじめではなく、指導という名の人格攻撃だ」
「このような職場のハラスメント(いやがらせ)行為に新たな名前を必要がある」
現実を目の当たりにした岡田氏は、現代の職場環境が危機的な状況にあることを痛感したのだそうです。そして、主に職場を舞台として行われ、「職権」をはじめとした様々な力(Power)を背景として行われるハラスメント行為を指して「パワーハラスメント」と名付けたのです。
ただし、必ずしも「上司から部下へ」行われる行為だけを意味しているのではないという点は注意が必要です。例えば、「正社員から非正社員へ」、「期間社員から派遣社員へ」、「多数派から少数派へ」といったパターンもパワハラに含まれます。他にも、最近は「英語が話せる人が話せない人に対して」、「パソコンに関する知識の豊富な人が知識のない人に対して」嫌がらせをするというケースも見受けられるようです。つまり、パワハラとは、表面だけを見れば「強い者から弱い者に対する嫌がらせ行為」ということになるでしょう。
しかし、それはあくまでも「表面的」な捉え方です。「弱い犬ほどよく吠える」とはよく言ったものですが、そもそも、相手の人格や尊厳を侵害する言動は自分自身に対する不安の表れ。自分のポジションを守りたい、人よりも上位に立ちたいと思うからこそ、自分よりも下の人間を作り出さずにはいられないのです。
こうした歪んだプライドは、戦後の日本が高度経済成長の中で築き上げてきた競争社会の負の遺産と言っても過言ではないでしょう。「勝ち組」や「負け組」といった言葉に踊らされ、「なんとしても勝ち組にならなければ」と躍起になるあまりに自分以外の人間の人権や感情を軽視する。そういう人が増えれば、当然のことながら職場の環境も悪化していくわけです。
さらに、最近の若者は、10代の頃からコミュニケーション・ツールとして携帯メールを多用しているため、生身の人間と顔を突き合わせて関係を作るのが苦手だと言われています。そのため、世代の異なる上司からの軽い叱責で精神的に大きなダメージを受けることも少なくありません。つまり、ハラスメント問題が発生する閾値が従来に比べて低くなっているのです。そこへ、パワハラという新しいワードが生まれたわけですから、それはもう、急激にこの概念が社会に浸透していったのは自然な流れと言えるでしょう。
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